続 心地よい疲労感 [Hちゃん(家庭教師)]
昨日に引き続き、Hちゃんの授業。
英語は、家庭教師で使っている教材の解き直し
(授業ではノートに解かせているので、直接書き込んでやる)とワークもう一種類分を宿題にしていました。
猛スピードで○付けをして、返却し、直して貰います。
直しを確認しながら、必要なことは解説を付けたし、更に、見えてくる弱点も指摘していきます。
「unit1は克服したね。ほぼOK。unit2、be動詞の完了形があやしい感じだねー。ここもう一度やり直しといたほうがいいよ。unit3は問題なさそうだね。」
「justだけで、ちょうど今、nowが入るとおかしいよ。これ勘違いポイントだね。今ミスっといてよかったね」
「これ、完了形やってるとみんな、引っかかりがちだから気をつけて。普通の一般動詞のhaveの文はdoやdoesをつけて疑問文。Hちゃんの場合、ルールは理解できてるから、自分でしっかり、何の文かを意識してから解答してね。」
そのまま理科のワークの、わからなかった問題の解説。
休憩を取らずに突っ走ります。
数学の証明問題、そして平方根。
相変わらずのルート4!
「それダメ!何度もやってるよ、意識して気をつけて!」
「平方根の乗除計算する時に、4つ、意識してね。有理化、約分、aルートbの形に直す、同じルート同士かけ合わせたらルートが外れる。」
Hちゃんも、集中力をとぎらせることなく、きっちりついてきますし、やはり
こういう授業が私にとっては一番やりがいがあり、楽しいです。
最後に、試験前日にやるべきことを指示して、試験前指導終了。
お母様いわく
「1時くらいまでは頑張ってるんだけど、そのあとになると厳しいよね」
「やらなきゃ~って気持ちはすごくあるんですけど」と本人。
「あんまり遅くまでやるよりも、一時間早く起きられるなら起きて、その分朝やった方が吸収度がいい感じがする。私、高校の時、朝早く起きてやってたんです。中学の時は徹夜型だったんですけど、結局、朝やり直してから試験受けた方が、効果があったので、おススメです」
「今回、それを試してみよっか!」
当然のことなのですが。
毎回思うことなのですが。
例えば、Hちゃん。試験前には夜中過ぎまで勉強しているわけです。
それに対して、Fくんは試験前でも10時頃には寝ているわけです。
試験前でも普通にテレビを観る、と知った時は驚きました。
試験週間でも、生活が変わらない生徒って多いのでしょうか。
私は、日頃からコツコツ勉強するようなタイプではなかったので、試験週間は時間との闘いでした。
当然、テレビを観る時間等どこにもありませんでした…。
学習障害云々の前に、試験週間でも、テレビを観て、夜10時に寝ていたら
そりゃ勉強できないだろう…と思います。
通常の日々と、試験週間、をきちんと区別して、娯楽のツールについては一定のルールを定めるなど
「試験」というものに向き合うための環境作りも必要だと、私は思っています。
本来、中学に上がった時点で、これからは定期テストというものがあり、それは、学習内容の定着度を確認するだけではなく、自らの将来を左右する大切なものなのだ、という認識を持つ環境作り、でしょうか。
勉強の出来る子は、勉強の質が良いのは勿論のこと、やはり勉強をしている時間も長いのですよね。
そして、将来的な展望のために、「少しでも良い点を取りたい」という欲があるから当然、テレビを観ようとも思わないですし、そんな時間もない。
出来ない子は、出来ない上に、勉強している時間も短い。
更に「欲」もないので、尚更、差が開くばかりなのだと思います。
勉強のできる出来ない、は、確かに、目の前の問題が解けるか、解けないか
の差でもあるのかもしれませんが、それ以前に、精神力の差だと思うこの頃。
かつてある国家難関資格にストレート合格したある人が言っていました。
「ストレートで来たって、なんかすごいことに思えるかもしれないけど、どっかで人と差つけるしかない。
人が遊んでる時に勉強してた。大晦日の夜から、元旦の朝にかけて、とか、さすがにこれはやってないだろ、と思う日に、ずっと勉強してた。そうやって少しずつ小さな差をつけようとしてきた。もっと才能のある奴もいただろうけど、そうやって、周りがやってない時も勉強してた、っていう思いは自信にもつながるんだと思う」
そんな話だったと思いますが。
上手く言葉にできないのですが、勉強に向かうための環境と意識も含め、ある程度の精神力が培われているかどうか、は大切なことのような気がします。
英語は、家庭教師で使っている教材の解き直し
(授業ではノートに解かせているので、直接書き込んでやる)とワークもう一種類分を宿題にしていました。
猛スピードで○付けをして、返却し、直して貰います。
直しを確認しながら、必要なことは解説を付けたし、更に、見えてくる弱点も指摘していきます。
「unit1は克服したね。ほぼOK。unit2、be動詞の完了形があやしい感じだねー。ここもう一度やり直しといたほうがいいよ。unit3は問題なさそうだね。」
「justだけで、ちょうど今、nowが入るとおかしいよ。これ勘違いポイントだね。今ミスっといてよかったね」
「これ、完了形やってるとみんな、引っかかりがちだから気をつけて。普通の一般動詞のhaveの文はdoやdoesをつけて疑問文。Hちゃんの場合、ルールは理解できてるから、自分でしっかり、何の文かを意識してから解答してね。」
そのまま理科のワークの、わからなかった問題の解説。
休憩を取らずに突っ走ります。
数学の証明問題、そして平方根。
相変わらずのルート4!
「それダメ!何度もやってるよ、意識して気をつけて!」
「平方根の乗除計算する時に、4つ、意識してね。有理化、約分、aルートbの形に直す、同じルート同士かけ合わせたらルートが外れる。」
Hちゃんも、集中力をとぎらせることなく、きっちりついてきますし、やはり
こういう授業が私にとっては一番やりがいがあり、楽しいです。
最後に、試験前日にやるべきことを指示して、試験前指導終了。
お母様いわく
「1時くらいまでは頑張ってるんだけど、そのあとになると厳しいよね」
「やらなきゃ~って気持ちはすごくあるんですけど」と本人。
「あんまり遅くまでやるよりも、一時間早く起きられるなら起きて、その分朝やった方が吸収度がいい感じがする。私、高校の時、朝早く起きてやってたんです。中学の時は徹夜型だったんですけど、結局、朝やり直してから試験受けた方が、効果があったので、おススメです」
「今回、それを試してみよっか!」
当然のことなのですが。
毎回思うことなのですが。
例えば、Hちゃん。試験前には夜中過ぎまで勉強しているわけです。
それに対して、Fくんは試験前でも10時頃には寝ているわけです。
試験前でも普通にテレビを観る、と知った時は驚きました。
試験週間でも、生活が変わらない生徒って多いのでしょうか。
私は、日頃からコツコツ勉強するようなタイプではなかったので、試験週間は時間との闘いでした。
当然、テレビを観る時間等どこにもありませんでした…。
学習障害云々の前に、試験週間でも、テレビを観て、夜10時に寝ていたら
そりゃ勉強できないだろう…と思います。
通常の日々と、試験週間、をきちんと区別して、娯楽のツールについては一定のルールを定めるなど
「試験」というものに向き合うための環境作りも必要だと、私は思っています。
本来、中学に上がった時点で、これからは定期テストというものがあり、それは、学習内容の定着度を確認するだけではなく、自らの将来を左右する大切なものなのだ、という認識を持つ環境作り、でしょうか。
勉強の出来る子は、勉強の質が良いのは勿論のこと、やはり勉強をしている時間も長いのですよね。
そして、将来的な展望のために、「少しでも良い点を取りたい」という欲があるから当然、テレビを観ようとも思わないですし、そんな時間もない。
出来ない子は、出来ない上に、勉強している時間も短い。
更に「欲」もないので、尚更、差が開くばかりなのだと思います。
勉強のできる出来ない、は、確かに、目の前の問題が解けるか、解けないか
の差でもあるのかもしれませんが、それ以前に、精神力の差だと思うこの頃。
かつてある国家難関資格にストレート合格したある人が言っていました。
「ストレートで来たって、なんかすごいことに思えるかもしれないけど、どっかで人と差つけるしかない。
人が遊んでる時に勉強してた。大晦日の夜から、元旦の朝にかけて、とか、さすがにこれはやってないだろ、と思う日に、ずっと勉強してた。そうやって少しずつ小さな差をつけようとしてきた。もっと才能のある奴もいただろうけど、そうやって、周りがやってない時も勉強してた、っていう思いは自信にもつながるんだと思う」
そんな話だったと思いますが。
上手く言葉にできないのですが、勉強に向かうための環境と意識も含め、ある程度の精神力が培われているかどうか、は大切なことのような気がします。
>tyuuriさん
ナイスありがとうございます。
by エイミー (2011-06-22 00:45)